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スペインバスク地方とETAについてのblogです!でも最近は就活のこともupしたりしてます☆ぜひぜひコメント残していってください!


by remona121
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バスク自治憲章・自治政府の成立

1931年4月、統一地方選挙が行われました。その結果、王政が廃止されスペイン第二共和国政府が誕生、これとともにバスク・ナショナリズム運動が一気に再開しました。そして、バスク民族主義党(PNV)のうち、バスク独立を求める左派勢力が保守派の打破を目指して分派し、バスク・ナショナリスタ行動党(ANV)を創設しました。
同じ年、第二共和国政府はバスク地方に自治憲章の作成を指令します。1933年11月、その自治憲章案はナバラを除くアラバ・ギプスコア・ビスカヤの住民投票の結果95.89%の賛成を得て認められました。これにより、アラバ・ギプスコア・ビスカヤの3県がバスク史上初めて法的に自治州として認められたのです。一方、バスク3県へのナバラ併合問題は、ナバラで行われた住民投票の結果、全体の53%の反対により実現しませんでした。

1936年7月18日、スペイン各地で軍のクーデターが勃発、フランコ将軍がクーデター宣言を行い、2年8ヶ月に及ぶスペイン内戦に突入します。スペイン本土は共和国政府地域と反乱軍地域に分割され、バスク民族主義党(PNV)は共和国政府に忠誠を誓いました。スペイン内戦勃発からおよそ3ヵ月後の1936年10月1日、バレンシアに移転した共和国政府議会でバスク自治憲章の公布がようやく公布されました。
そして、ゲルニカで行われたバスク人民代表会議で、バスク自治政府の初代大統領にホセ・アントニオ・デ・アギレ・イ・レクベが選ばれました。彼はゲルニカにある聖なるオーク木の下で次のような宣誓を行い、バスク自治政府が誕生したのです。

 Jaungoiluaren aurrean apalik,
 (神の御前に、敬虔に)
 Euzkolur ganian Zutunik,
 (バスクの大地に立ち)
 Asabearen gomutaz
 (祖先の思い出とともに)
 Gernika'ko Zuaizpian
 (ゲルニカの木の下で誓います)
 Nere aginduba Ondo betetzia Zin dagit.
 (私の任務を忠実に果たすことを)


[ホセ・アントニオ・デ・アギレ・イ・レクベ]
→1904年生まれ
→父親はサビノ・アラナとともにバスク民族主義党(PNV)を設立
→プリモ・デ・リベラ独裁政権時代にバスク青年団の指導者として弾圧を受
 けながらナショナリズム運動を行う
→1931年、ビスカヤのグェチョの町長に選ばれる
→第二共和国国会議員となり、バスク自治権獲得を訴えた


ついにバスク地方が法的に自治州として認められました。しかし、フランコ将軍によって彼らの自由も長くは続かないのです。せっかく自治州として認められたのに…
by remona121 | 2005-10-20 21:01 | バスク