スペインバスク地方とETAについてのblogです!でも最近は就活のこともupしたりしてます☆ぜひぜひコメント残していってください!


by remona121
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歴史ⅱ

歴史の続きをちょこっと書きたいと思います。

<歴史ⅱ>
5世紀に入ると、イベリア半島に西ゴート族が侵入してきます。476年には西ローマ帝国が崩壊し、西ゴート王国が成立します。しかし711年、イスラム勢力がイベリア半島に侵入。西ゴート王国の支配機構はたちまち崩壊してしまい、イスラム勢力がアラバまで及びます。これに対抗して、今度はフランク王国がイベリア半島に侵攻します。
778年、フランク王国のカール大帝軍はアンダルシア遠征の帰途、ピレネー山脈の麓のロンセスバリエスでバスク人に襲撃されて敗走しました。(ロンセスバリエスの戦い)その3年後、今度は北部山岳地帯に住むバスク人がカール大帝との戦いに敗れ、兵士は皆殺しにされ生き残った者(婦女・子供)は連れ去られました。一方、南部山岳地帯に住むバスク人とピレネー山脈北部の人々はカール大帝に抵抗するための強力な機関を組織しました。これは9世紀のパンプローナ王国の誕生につながり、また10世紀には分裂してナバラ王国となりました。

ちょっと分かりにくいかな・・・^^; 太字で書かれた部分を見ると、イベリア半島はたくさんの国によって支配されてきたことが分かります。

参考:「バスク民族の抵抗/大泉光一 著」
by remona121 | 2005-08-02 20:50 | バスク